四機の戦闘機があった。 何もない空間に現れて、 弾を浴びせながら船のそばを 飛んだ。 磁電子バリアが弾を防いだ。 突然二機が消えて、 別の方向から現れてき たように見えた。 新しい二機が加わったのだ。 ジグザグに飛びまわり、 消えたり 現れたり次々と船に発砲した。 たったいまそこには宇宙船かステーションか、 大きなものが浮かんでいたのに、 レーダーに発見されたとたん見えなくなって、 かわりに戦闘機が出てきたのだ。 「何じゃ、 こいつらは?! 」 そばでサルタが怒声を出している。 「海賊かい? はや く呼び出してこっちは何も持っちゃいねえと言え! 」 オルガはもう周波範囲を探っているが、 バリアが邪魔になっている。 命中され るたび、 ぱちぱちひゅうひゅうと雑音の爆発がおこる。 限界に近いようだ。 戦闘 用ではなく、 宇宙のチリを防ぐためのバリアなのだ。 船がばらばらにならないこ とをいのりながら、 ゴドーは必死に逃げまわっていた。 「ありました」 オルガが報告した。 ゴドーはマイクへ駆け寄った。 「攻撃をやめろ。 こちらは民間の船だ。 敵意がない」 返事のかわりに船の両方に二機の戦闘機があらわれて一連射をかけた。 雑音に まぜて、 パイロットの会話が聞こえる。 若い高圧的な声が命令をしている。 だが 、 一言も通じない。 「あの言葉は…?」 サルタとゴドーが顔を見合わせた。 同じことを考えたに違いな い。 「クラック、 ここへ来い、 通訳するんだ! 」 サルタが船内ラジオに叫んだ。 人間が住む全宇宙には共通語いがいに言葉が一つしか存在しない。 放浪民だ。 さいわいに船に通訳が乗っている。 バリアがまたたきはじめた。 スクリーンに出没する戦闘機は、 まるで訓練のよ うだ。 スコアが表示されていれば完璧にコンピューターゲームだ。 ゴドーが船を 横へ躍らせると相手が驚いたようにしゃべりだした。 クラックよりさきにコックピットに駆け込んできたのはプークスだった。 いつもおっとりしているデブが、 思いもかけない速さで動いていた。 母語の響きを 聞いて一瞬止まったかと思うと、 マイクに向かって話していた。 相手のパイロットが黙った。 バリアが最後にしゅうしゅういって消えて、 プー クスの声いがいは静かになった。 戦闘機が六機とも揃って船のまわりをただよっ ていた。 クラックが通訳するのをわすれてぼうっとそれを見ていた。 やがて若い声がきっぱりと何かをいうと、 一機が船に向かって滑り始めた。 「おれらを見に来るって」 クラックが説明した。 「船倉のハッチを開けろってい ってた」 小さな戦闘機がゴドーたちの船とドッキングできないので船倉に入るのだ。 な かなか大胆だが、 残りの五機のレイガンがこちらを狙っているのも事実だ。 プークス、 クラックとサルタが船倉のとなりの隔屋へ急いだ。 戦闘機がハッチ を通過して船倉に空気が入ったのを確認すると、 ゴドーもそこへ向かった。 歩き ながらホルスターをつけた。 戦闘機のパイロットは軽い宇宙服のヘルメットを脇に抱えてプークスと話して いた。 すらりとしていて背が高くない。 整った顔立ち。 短く刈りこまれた黒髪が 額の上とうなじに巻き毛になっている。 女にもてそうなタイプだ。 ゴドーを見て、 共通語で挨拶をした。 さっき共通語が通じないふりをしたのに 、 流暢にしゃべる。 「すまない。 攻撃してしまって悪かった」 「海賊ではないのか?」 「ゾカリア第三ステーションの司令官、 ルビーだ」 手袋をはめたまま手を差し出 す。 ゴドーは一瞬ためらって握手をした。 こいつは何歳だろう。 声と顔が微妙にず れている。 目が大きすぎる。 下まつげが上まつげと同じほど濃い。 またキツネか 何かじゃないだろうな。 「おれは船長のゴドーだ」 「やっぱり地球人だね。 30日ほど前に、 我らのステーションを地球の軍艦が襲っ たんだ。 見たこともない武器のかたまりだった」 ルビーは形のいい黒いまゆをひ そめた。 「突然発砲してきたが、 やめるように頼んでも向こうが笑うだけ。 宇宙 のゴミを焼き払う、 漂泊者はケダモノ同然だ、 といっていた」 「ケダモノ同然? 武器のかたまり?」 ゴドーもまゆをひそめた。 「誰だったか知っ ていると思う。 宇宙ハンターのボルカン大尉という、 卑劣なやつだ」 「撃墜したんだろう?」 クラックが熱心に訊いた。 「戦闘機を見ていい?」 「撃墜どころか、 ステーションが爆発したように見せて逃げたんだ。 おい、 レー ザー砲に登ってはだめだ」 「どうして、 発射するから?」 「本当にボルカンだったら、 その方針にとても興味があるけど」 ゴドーがいった 。 「やつもわしらと同じものを探していたと思う? うん、 それなら大切な情報だ 」 サルタがすぐ理解した。 「我らは同族の人に会ったら招待する習慣だが、 みんなもステーションへ来てく れればゆっくり話ができる」 「喜んで」 ゴドーが口を開く前にサルタが答えた。 ルビーは襟元のマイクに話そうとしたが、 通じなかった。 みんなでコックピットに戻った。 ルビーがヘルメットをおいてマイクの前に座 り、 パイロットたちに命令をした。 戦闘機が離れて、 すぐ近くに魔法のようにス テーションが現れた。 「わあ、 すごい! 出てきた! 」 クラックがはしゃいだ。 「幽霊みたい」 「おれの父がものを見えなくするシールドを発明したのだ、 鳳凰戦術の一部とし て。 では、 ドッキングしよう」 「鳳凰って火の鳥じゃないか」 今度はサルタが叫ぶ。 「火の鳥がああいう風に隠 れたりするわけかい」 「父は一度だけ飛ぶところを見たけど、 消えたり現れたり、 変身もしたといって いた」 こいつが言うと「変身」 という言葉にあやしい響きがあった。 ゴドーがオルガ の方を見た。 でも、 オルガは危険を感じているようすがない。 ドッキング・システムが船をステーションへ引き寄せた。 「順調なようだね」 「オルガに指示するからさきに行っていいよ」 オルガを手招きしてゴドーは小声で訊いた。 「やつのことをどう思う、 人間か?」 「100%の確立で人間と確認しました」 「なんだかあやしい…」 「とてもきれいな人間です」 「そんなことは、 どうでもいい。 じゃあ、 船を頼む」 廊下に出るとルビーがヘルメットをおいていったのを思い出して、 コックピッ トに戻った。 ドアから、 オルガがヘルメットを渡しながら何かを言ったのが見え た。 ルビーがぐいとヘルメットをとってさっさと出て行ったが、 まるで脅かされ たような顔をしていた。 涙星のバンは、 宇宙の放浪民が何年も着陸しないで暮らすといっていた。 ステ ーションの修理も建て増すことも宇宙ですませる。 このステーションも新しい部 分と錆びた部分のまじった、 妄想に出るように奇妙なかたちをしていた。 人口は二百人ぐらいで、 全員が客のまわりに騒いでいるかのようだった。 ステーションの中心にある大きな丸いホールに一族の男性が集まった。 床の上 に座っていた。 家具の少ない方が宇宙生活にむいているから、 ゴドーもいすのな い部屋でそだったのだ。 女性はライスと青菜の大皿やワインを運んでいたが、 一緒に食事しなかった。 もっとも注目をあびているのはプークスとクラックだった。 「涙星」 という名 前だけ共通語で聞こえて、 ほかの会話がゴドーに分からなかった。 数人の年より はサルタの相手をしていた。 鳳凰の話をしているらしい。 ゴドーは若者に囲まれ てしまったが、 ルビーほど上手に共通語を話せるものがいなかった。 手振りで言 葉をフォローしながら会話していると、 何を言いたいか自分でもわからなくなりそうだ った。 食事のあとゴドーたちが船を見せることになっていたが、 この騒がしい連 中をコンピュータ室に入れない方が安全だろうと思った。 とりあえずボルカンの ことを訊いたら、 戦闘の説明とルビーの戦功の話を浴びせられた。 ルビーは斜め向こうに、 会話するにはちょっと遠くに座っていた。 平和のときにも 族長であることが明らかだった。 杯を挙げて何か言うとみんなが静かに聞き、 言いおわるとルビーに続いて飲んでいた。 そばで技師長のフランツという30代の男が座っている。 彼に声をかけられるとルビーが 緊張するように見えた。 料理を持ってくる娘たちがフランツに色目を使ったりするが ルビーの気を引こうとしな いことにゴドーが気づいた。 ライバルだろうか。 権力をねらう競争相手か。 オル ガがルビーのことを100%人間と確認したのに、 フランツと見比べていると、 「変 身」 という言葉がゴドーの脳裏から離れなかった。 変身か、それとも… 会食が二時間ほどつづいてからルビーがホールから出た。 みんなは主人が食卓を離れようと大したことがないというように騒ぎつづけてい たが、 ゴドーは不安に なった。 オルガにヘルメットを渡されたときのルビーの顔を思い出した。 オルガ に何か不愉快なことをいわれて驚いたようだった。 もうすぐここの人たちが船を 見にいくけど、 ルビーにとってオルガと彼らを会話させたくないにちがいない。 腕時計の通信機を使ってオルガを呼び出そうとすると、 返事がない。 ステーシ ョンの壁のせいかな。 なにもあやしいことがないかもしれない。 でももしオルガ が本当に危ないとしたら、 何もしないでいられない。 ゴドーは謝ってちょっと船 へ行ってくるといった。 十人ほどエアロックまでついて来た。 これからさきは他人を入れない警備シス テムが働いているとゴドーがいった。 本当にアラームぐらいあればよかったのに … 船に入るとまたオルガを呼び出してみたが、 返事のないままだったからコック ピットへ走った。 こちらに向かってルビーがねじまわしを手に歩いていた。 ゴドーを見てびっく りした。 「戦闘機のクラッチが緩んだことを思い出して、 忘れないうちに直しておこうと 思ったんだ」 黒い巻き毛が白い額にへばりついている。 嘘をいえ。 「オルガに何をした?! 」 ゴドーはルビーに銃を突きつけた。 ルビーは手を上げてあとずさった。 嘘が利かないとわかって、 ゴドーをまっす ぐと見た。 「ロボットのことか? 余計な口を利かなくしたんだ。 新しいのを買うだけの金を あげるから、 変なまねをするな」 ゴドーのほうが背が高いのに、 ルビーが見下ろ している感じだった。 「ロボットなんか大したものじゃないだろう。 機械だ。 痛 いなどの感覚もない」 「オルガはおれの大事な友達だ。 おまえのことで何を知ってしまったのか? なん だろう、 おまえのナゾは?」 ゴドーは空いている手を差し出してルビーの襟を引っ張った。 スナップが外れ た。 思ったとおり、 シャツの下に包帯のように布が巻いてあった。 ルビーはゴドーの指からシャツを引き抜いて、 壁に寄りかかり、 スナップを閉 めはじめた。 「ボルカンと戦って打撲傷を負ったよ」 声が震えてきた。 「むねを隠しているだろ。 おまえは女だ。 オルガに分ったのはそれだったね」 ルビーは力が抜けたように頷いた。 「皆に知らせてはならない」 もっと低くてやわらかい女らしい声になっていた。 こうして見ると本当にきれいな人だ。 ゴドーは銃をおろした。 「父はよそ者だった。 指導者になれたが、 権力を守らなければならなかった」 ル ビーがつづけた。 「母はおれ… 私だけを残して死んだけど、 後を継ぐものが必要 だった。 だから私を息子として育てたんだ」 「フランツとは、 権力を争っているのか?」 ルビーは頬を赤らめて首を振った。 「好きなのか?」 「だから彼に一番知らせたくない。 私は25歳だ。 年をとるほど隠しにくくなって いく。 狭いステーションだし… 私はみんなのことが本当に好きだけど、 みんな のために戦って死んでもいいと思うけど… 女の立場がどうなっているか見ただろ う。 まるで調理ロボットのようだ。 私にはそういう生活ができない」 それだけ分って、 ゴドーはもう言い訳を聞きたくなかった。 「帰れよ。 そしておれはステーションへ戻らないから、 博士たちを呼んでくれ。 おれはオルガを直す」 「あのロボットは動いてるよ。 しゃべれないだけだ」 ゴドーはだまってルビーを見た。 申し訳なさそうな顔をして彼女は帰っていっ た。 まもなくサルタたちが帰ってきた。 クラックがデザートを食べおわっていない のに腹を立てていた。 ステーションの人の訪問が中止になって、 フランツだけが 来た。 心配そうな顔をしていたがゴドーになにも訊かなかった。 船はステーショ ンから切り離されると、 ルビーの戦闘機を船倉から出していった。 ボルカンと思われるハンターの軍艦はウラニア星雲に向かったらしかった。 サ ルタが聞いたところ、 ルビーの父が鳳凰を見たのもその辺りだった。 プークスの 話とバンの憶測にも一致しているので、 やっと確実な情報が手に入ったようだっ た。 だがまずオルガを修理しなければならなかった。 ルビーは音声装置しか壊さな かったが、 ゴドーの力で直りそうになかった。 運良く近くに進んだロボット技術 の中心地として知られているザルツの植民星があった。 それでも五日間ぐらいか かるだろう。 ボルカンは一ヶ月もはやく目的地に着いている。 火の鳥を捕らえな かったとしても驚かせて隠れさせてしまったかもしれない。 「ルビーが撃墜してやればよかったのに」 サルタがいった。 「いいやつだな、 ル ビーは。 立派な男だ」 「ルビーは女です」 「へィ?! 」 サルタは目を丸くした。 キャンディをしゃぶっていたクラックがむせって咳き込んだ。 「司令官でいるために変装してるんです」 「そりゃ驚いた。 全然分らなかったよ… うまく隠しているな」 クラックは咳をこらえて通訳すると、 プークスが平然と答えた。 「うそ! 」 クラックが叫んだ。 「なんだ、 なんだと?」 「みんなにばれてるんだって! みんなルビーのプライドをおもって知らない振り をしてるってさ! 」 |