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左手


 「騒ぐな」
 ゴドーの背中に硬いものが押しつけられた。
 予定の出発日より一日前、 現地時間で夜2時ごろ。 この星で知り合ったマックたちと飲んだあと、 船に帰るところだった。 周りを見ないで暗い係船所を歩き、 もちろん銃も持っていなかった。 
 「船のドアを開けろ」
 狙いは、 マックと一緒に稼いだ金だろうか。
 「金はもう残ってない。 新しいブスターがつけてあるだろ? 全部、 備品に使ってしまったんだ」
 「かまわん。 開けろ」
 この違法な係船所ではガードマンがいもしない。
 だからゴドーはここを選んだのだ。 でも今は助けを呼ぶこともできない。 運良く相手は一人のようだ。 銃を叩き落せばいい…
 ドアが内から開く。
 「お帰りなさい、 ゴドー」
 オルガだ。 ずっと彼の帰りを待っていたらしい。
 とたんに男がゴドーを船に押し込んで入ってしまった。 手には銃に違いない何かを新聞で隠して持っている。 この星のマフィアの怖い話をマックから聞いたが、 これじゃまずい。 船内で戦うことはできない。 壁の中は空気再生装置のセルやらパイプやらコンピューターのケーブルやら、 壊してはいけないもので一杯だ。
 銃をどこに向けても人質をとったと同じことになる。 こいつもそれを知っているらしい。
 「君はロボットだな。 ちょうどいい。 この船に何人乗ってるか?」
 「わたしたちのほかに人間三人とロボット一台」
 「オルガ、 答えるな!」
 「どうして?」
 「こいつは…」
 「騒ぐなって。 最大限乗れるのは?」
 「六人までです」
 「もう一人乗っても問題ないってことだな」
 この船に乗り込む気だ! しかもロボットが嘘をつかないことを利用してオルガを操っている。
 「船にある武器など、 全部集めてこい」
 「こいつに渡しちゃだめだ!」
 「渡せっていってねえだろ。 どこかに入れて鍵をかける場所があるか?」
 「地図用の金箱が使えます」
 「それにしまっておいて、 鍵を君が持ってろ。 お前は動くな」
 オルガは船の奥に入っていった。 言われたとおりにするだろう。 危険が分からないのか、 分かった上の行動なのか?
 よく見ると相手はそんなに強くもなさそうだった。 ゴドーより肩が広いが、 宇宙飛行に慣れている様子がない。 オルガが戻ってきたときゴドーにはすでに考えがあった。
 すぐ出発することになった。 ハイジャッカーは武器を新聞で隠したままパイロットと隣の席に座った。 武器をあえて見せないのは、 そうすればオルガが言うことを聞かなくなると思っているからだろうか? オルガもおかしい。 紙越しに金属がはっきりと見えているはずなのに、 警戒する様子が全くない。
 でも、 今にやつをしずめてやるからかまわない。 ゴドーはコンピュータに離陸パラメータを入力した。 みんなに悪いけどちょっと乱暴なやりかたをする。
 予想通り船を襲った荷重は、 当のゴドーでさえ一瞬目がくらむほどだった。 
 ハイジャッカーはイスに押し付けられ手のものを落としてしまった。 変だ。 まるで、ガラスが割れるような音がした。
 荷重が収まり身動きができるようになったとたん、ゴドーはハイジャッカーに飛び掛った。 今のうちにノックアウトするのだ。 しかしオルガが邪魔した。
 「だめよ、人を殴って!」 とゴドーの手をつかんだ。 すると、 相手の意外な左フックでゴドーは意識を失った。

 自分の部屋のベッドで目を覚ました。
 「気分はどうだい?」 サルタが心配そうに聞く。
 「頭ががんがんする」
 「軽い脳震盪じゃ。 倒れるときイスにぶつかったかい? それともあの瓶でぶたれたのじゃろう?」
 「瓶だったんですか…」
 だからオルガが反対しようとしなかったわけだ。 相手が武器を持っていないと見ていたのだ。
 「だいたいなんでマフィアを船に乗せたりするんだ?」
 「オルガが入れてしまった… そうだ、 オルガは?」
 「操縦しとる」
 「いけない」
 ゴドーは起き上がろうとしたが、 めまいがして体を起こせなかった。
 「治るまで二日間は寝ていろ。 もう、 とんでもないことをしてくれたものじゃ。 おかげであいつがいやに用心深くなっとる。 やけに段取りもいい」
 サルタが言うには、 ハイジャッカーの行動が確かに効果的だった。 空気と水は共用だからその面で恐れることはないと分かって、 コックピットと台所のある船の前面部に陣取っている。 オルガを側から離さない。 食べるのは一人。 みんなの料理はオルガがサロンへ運んですぐ戻る。
 ハイジャッカーに催眠薬を飲ませるという案を考えたサルタはその点をとくに悔しがっている。
 シャーク号は完全にハイジャッカーのものになっていた。

 航海一日目。
 寝ているゴドーの部屋にクラックがしゃべりに来る。 ゴドーのことを気遣って元気付けようとしているのではない。 ほかに話し相手がいないのだ。
 クラックはすっかりハイジャッカーのことで夢中になっているのに、 サルタもピンチョも聞いてくれないし、 プークスも怒ってクラックと口を利いてくれない。 だから分かったことを全部ゴドーに話してくるわけだ。
ハイジャッカーの名前はベニーという。 十三歳のときからマフィアにに所属しているとか(僕はもうすぐ十歳になるんだぞ)。 今日は頭にバンダナを巻いている。 それにね、 ベニーはね、 両手に銃を持って撃てることで有名だったらしい。
 「それくらいは俺にもできるよ」 とゴドーが言っても、 クラックはフンと鼻を鳴らすだけ。
 「でもベニーは左が利き手なんだ。 どう、 かっこいいだろ?」
 ちなみにシャーク号を使って宇宙海賊になることをベニーにすすめたらしい。
 「それで?」
 「殴られた!」 クラックがすごく自慢そうに言う。
せめてベニーは海賊をやるほど馬鹿じゃないみたいだ。 なら、 何のつもりだろう。

 料理はハイジャッカーの好みに合わせたものなのか、 いつもと違っていた。 果物と間違えて買ったのにあまり甘くなかったあのトマトとかいう赤い物が大量に使われている。 でも不思議にうまい。
 「さすがのオルガ、 なんでも作れるんだなあ」 と感動しながら食べる。

 二日目。
 「心配のあまり熱を出すより、起きたほうがいい」とサルタが言ってくれたので、 様子を見に行く。
 前面部へ通じる廊下の扉が閉まっていて、 ノックすると隙間が開きベニーが顔を出す。
 「なんだ?」
 「進路を確かめさせろ。 星にぶつかりたくないだろ」
 「ぶつかったりしねえよ、 オルガが操縦してるんだ」
 「本人に聞きたい」
 「おい、 オルガ、 ちょっと来いよ」
 「ゴドー、 もう起きても大丈夫なの?」
 「この船は一体どこへ向かってるんだ?」
 「自動操縦装置がザルツ星の標識で進路を決めているわ。 航海順調です」
 「方向は逆じゃないか」
 「それよりゴドー、 昨日のことをベニーさんに謝りなさい」
 「こっちが謝るもんか!  あいつは船を乗っ取って…」
 シューッと音を立てて扉が閉まる。
 ゴドーは壁に寄りかかった。 まためまいがする。 具合が悪いままではどうにもすることができない。

 三日目。
 力が出ると頭もはっきりしてきた。 名案が浮かぶ。
 コートのポケットに、ある星でもらったマッチの箱が残っている。 火をおこすためのものだ。
 廊下に出て一本のマッチをつけてみる。 消すと一筋の煙が立ち昇り、防火センサーに触れ、 サイレンが鳴り出す。
 ゴドーは音を立てて廊下の扉を叩いた。
 「開けろ、 火事だ!」
 早すぎたかな。 みんながパニック状態で飛び出してからの方がよかったのだろうか。 ベニーは扉を開けようとしたのに、ゴドーの顔を見たとたんに手を止めた。 コックピットに向かって叫ぶ。
 「オルガ、 本当かどうか調べろ!」
 「そんな暇はない! 船が燃えっちまう」
 騒いでみるが、 すぐに入れなかったらもう失敗だ。 虚報だったことが分かってしまう。 オルガさえ協力してくれればやつをうまくだますことができたのに…
  サイレンの音が止んで、 コンピュータの声が聞こえてくる。
 「異常ハ認メラレマセンデシタ」
 おしいな… 煙をもっと漂わせるべきだった。 靴下か何かに火をつけて、 コンピュータまでとことんだませばよかった。 でもゴドーは宇宙飛行士として火と遊ぶことを極端に嫌っていた。 本物の火事を起こしてしまうなら、 ハイジャックされたほうがましだ。
 足音がして、 扉の隙間からオルガがゴドーに厳しい視線を向けた。
 「ゴドーのいたずらだったの? まったくひどいことをするわ」
 二度と目の前に来るな、 というベニーの言葉で作戦が終ってしまった。
 その上サルタにも叱られた。
 「もっと責任をもたんか。 お前さんがやつを驚かして撃たれたりしたら、 火の鳥狩りはどうなるんだ?」
 部屋に戻ってふと思い出したが、 ベニーはゴドーの赤いセーターを着ていた。
 ちょっとサイズが合わないのでゴドーはそのセーターが好きじゃなかったけど、 ベニーにぴったりだったと思うとすごく悔しかった。

 四日目。
 プークスがハイジャックに反対してハングリーストライキをすると言い出した。 朝食を抜くが、 やっぱり我慢できず、 昼食はサルタの分まで食べてしまう。
 オルガは怒ったまま、 ゴドーが謝らない限り扉を開けてくれないという。
 ピンチョに様子を見に行ってもらう。 オルガのことが心配だ。 しかし「ベニーととても仲良くやっているよ」 という報告を聞いても、 少しも安心しなかった。

 五日目。
 機嫌悪そうなクラックが来て、 ベニーがオルガに惚れてしまったという。
 「どういうことだ?!」
 「さっき行ってみたら、 オルガが髪をとかしてあげていたよ。 二人ともこんな顔して」 大げさにうっとりした表情を作ってみせる。「馬鹿みたい!」
 「ゴドー、 髪の毛をとかしてあげようか?」 ピンチョがゴドーの肩に飛び乗ったが、 ゴドーはそれを乱暴に振り払った。なぜ怒っているのか自分にもよく分からない。 ただクラックの言葉に焦れてしまったのだ。
 もうこのまま我慢していられない。 船を奪い返す。 船、そして…
 腹を立てているピンチョに謝り、夜に通風管 の中をつたって船の前面部へ行ってもらう。 偵察だ。
 夜の船内に響く、 ピンチョの黄色い声。
 うまく入り込んだが、 コックピットの中に入ると、 パイロット席で眠っていたベニーが目を覚ましてしまって靴を投げつけたのだ。 しかも見事に命中。それなら反撃は昼間でもいい。

 六日目。
 機関室からオルガが見落とした大きなスパナが見つかった。 武器のかわりにできる。
 ジャケットと靴を脱いでスパナをくわえ、 通風管の中に潜りこむ。 ピンチョには四つんばいできるだけの広さがあるが、 ゴドーは這ってやっと通る。 ハンターの訓練がこんな形で役立つとは、思ってもいなかったことだ。
 音を立てないように気をつけながら、 ピンチョがボルトを緩めておいたパネルを外して廊下へ出る。
 台所の方から話し声がする。
 ドアの横まで忍び寄って、 ゴドーは聞き耳を立てた。
 「粉は、これくらい」
 「一握りですね。 ちょっと手を見せて、 面積で量を計算するから」
 「だから 女には料理ができねえんだ。 量なんか勘でわからないとだめだ」
 笑ってやがる。 オルガも本当に楽しそうに笑っている。
 「例の話だが、考えたかい? 君は可愛いし、 レースのエプロンがきっと似合うぜ」
 一体何の話だ。 なんでこんなに腹が立つんだ。 この燃えるような、 目がくらむような気持ちはなんだろう。 もう、 あいつの憎らしい笑い声を聞いていられない!
 ゴドーはスパナを振り上げ台所に飛び込んだ。 ベニーは粉を散らしながら振り向き、 包丁を構えた。 しかし二人の男の間にオルガが腕を広げて立った。
 「二人とも、 やめなさい! 危ないじゃないの。 ゴドー、 どうしてこの人に悪いことばかりするの?」
 「オルガこそ何でこんなやつを助ける? こいつはマフィアだぞ。 船をハイジャックして、 オルガを人質にとって…」
 ベニーがさえぎる。
 「えらそうに言うな、 密輸者のくせに」
 「密輸者だと?」  ゴドーはあきれて一歩後退る。「俺は宇宙ハンターだ。 サルタ博士の研究のためにある生物を探しているんだ。」
 ベニーはオルガのほうに目をやった。
 「それは本当か?」
 「本当です。」
 「合法の航路を使えねえってことは?」
 「それも事実です。」
 「地球の政府とトラブルを起こしているんだ。 俺たちはその、 反体制派だから」 テレビで聞いた、 ちょっと響きのいい言葉だった。「だからお前なんかの悪事を手伝う気はない」
 「ベニーさんはただ、 ザルツまで乗せてもらいたいのよ。 悪い人たちから逃げてきたわ」
 「嘘だろ」
 「いや、 ずっとマフィアをやめようって思ってたけど」 ベニーは包丁を置いて肩をすくめた。 まだ警戒している目だった。 「そう簡単にやめられるもんじゃねえ。 ジャブというやつと一緒に逃げる予定だったが、 ボスにばれて、 あいつはやられちまったんだ。 俺も狙われることになった。 ある女に裏切られて、 武器も持ってないまま飛び出しちゃってな…」
 「それで空瓶一本でこの船を乗っ取ったってわけか?」 ゴドーはますますこの人にあきれる。
 「話せばお前が乗せてくれたとでもいうのか?」
 「さあ」
 「やっと分かり合えたのね。 よかった」 オルガはやさしい表情で二人を見た。「仲直りしたのだから、 握手ね」
 絶対にいやだ。 ゴドーはベニーをにらんだ。 ベニーも同じ思いをしたのか、 手を差し出そうとしない。
 「俺の手に粉が付いてるんだ。 それに、 あのソース、 早くしないと固まっちまうぞ」

 夕食は久しぶりにみんなが一緒に食べた。
 サルタは長々と火の鳥のことを話し、 ベニーは、 ゴドーとの間で少し緊張が残っていたのに、 ザルツで始めたい新しい生活について話した。 それはあくまでもかたぎの生活だということにクラックががっかりした。
 「えー、 調理人?! つまんない」
 「あれだけ俺の手料理を食って、 俺に調理人が勤まらないというのか」
 「作ってたのはオルガじゃなかったかい?」
サルタもびっくりする。「大したもんだ。 地球のレストラン級だよ」
 「いやだ、 宇宙海賊の方がずっといいのに」
 「オルガも俺とザルツへ行ってウェートレスにでもなってくれないかと思ってたけど… どうだろう、 オルガ?」
 「だめです。 オルガはいつもゴドーと一緒」
 「船長、 お前って幸せ者だな」

 次の朝ベニーはシャーク号に備え付けの小さなボートに乗ってザルツへと向かった。入国手続きを逃れるために、最初からそうするつもりだったらしい。
 救命ボートはあと二艇だけになってしまった。 それぞれに二人ずつ乗れるのでもしものときに人間だけを助けることができる。 しかしオルガとピンチョのことを考えるとやっぱり足りない。  ゴドーは船長として文句を言ったが、 内心、 それでベニーがシャーク号からいなくなるのならボートぐらいもおしくないと思った。

 その日の夕食にオルガはベニーから習った料理を作ったが、 クラックは味が違うと言った。 塩入れを左手に取って塩を振ろうとしたら、 とんでもない量を掛けてしまった。 しかし「これでいい」 と言い張り、 顔も歪めずに全部食べた。

 

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