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人形劇所


  ドアを開けたのはロボットだった。
  街には地球の都市と同じほど機械が多かったが、 地球ならむしろ人間が玄関に出るほうがおかしい。 それでもゴドーはびっくりした。
  だいたい二種類のロボットを見てきた。 一つは、 低くて車輪のついたサービス・ロボットや、 脚の長いガード・ロボットなど、 機能に合わせた形のもの。 もう一つは、 かわいらしいオルガから、 人間と間違えてしまうダンサーまで、 人間型ロボット。 しかしこれはどちらでもなかった。
  何かといえば芸術品。 軍人教育を受けたゴドーは大して美術に興味がなかったが、 メトロポリスに彫像が多かった。 このロボットは、 高価そうなスーツを着ていなければ、 まるで美青年の立像のようだった。
  「奥様は待っています」
  ロボットに案内されゴドーとオルガは建物の二階に上がった。
  小さな工場をアパートに変えたのかな。 広いのに壁の塗りが荒く、 換気パイプが残っていて、 間仕切りが天井まで及ばない。 家具が不揃いで古そうだ。 もっと奥へ入ると、 本棚のちりをふいていた少女型ロボットが振り向いて緑色のレンズでゴドーたちを見た。 髪の毛とまつげが金メッキらしい。 窓辺の机で淡い銅色の顔をしたもう一人の青年型ロボットが、 厚いノートを並べてなにやら計算している。 ペンで紙に書くのも一つの出力方法というわけか。
  「奥様は仕事場ですが」
  数字を書く手を休めずにロボットが言った。
  一人目が謝って、 ゴドーたちを一階へ連れた。
  ここは工場そのままだった。 外の灰色っぽい光に照らされてさまざまな工作機械が並んでいた。 建物の女主が迎えに出てきた。
  「すみません、 ここにいると時間を忘れてしまうわ」
  ナンシーという名前で、 仕事はプログラムの整備なのに趣味でロボットを作っている。 メカニック界で変人といわれているが、 珍しいパーツを持っている可能性がある。 ゴドーはオルガの音声装置を直してもらうためにいくつもの修理店を当たってみたが「そんな古いものを扱っていない」 と断られてしまったので、 このナンシーが最後の希望だった。 彼女の家にビデオ電話したとき、 まるで学生のような顔をしているのにおどろいた。 直接見ても、 荒れた肌やどっしりした体付きにかかわらず、 やはり三十歳とは思えない。
  ナンシーは熱心な目でオルガを見た。
  「この子ですか?きれいね。 怪我を見るから明るいところへおいで。 ミッチ、 手伝いをして」
  ロボット青年は上着を脱いで近くの機械に掛けた。 のびやかな動きは、 人間よりかっこいいことを知っているかのようだった。
  「助手はフレッドのほうが上手だけど、 今わたしの会計をしているから計算を中断させたくないの」
  ナンシーはオルガののどに巻いた布をほどいた。 革の手袋をはめて指を突っ込み、 細いワイヤーを引き出した。 ピンセットを取った。 ロボットに感覚がないとわかっていても、 ゴドーは気持ち悪くて見ていられなかった。 子供のときでも、 オルガの中はどうなっているか見てみたいと思ったことが一度もない。
  ナンシーは一つのチップを引き出してミッチに渡した。
  「こういうのがうちにあったわよね」
  「多分ないと思います」
  「“多分”じゃなくて、 代わりに使えるものを探しなさい」 ロボットの態度を不思議がるゴドーにナンシーが説明した。 「確率が45%以下のときそう答えるようになっているのよ。 故障はそんなにひどくないみたいわ。 管理モジュールが無事だから声が変わらないし、 シンセサイザーを取り替えるだけで大丈夫。 ミッチがチップを探してる間、 今作っているものを見ますか?」
  「是非見たいです」
  ナンシーが自慢したがっているのが目に見えたが、 ゴドーもかなり興味があった。 オルガを残して、 工場の奥へ進んだ。
  高価そうな設備。 悪い地区に住み、 まともな家具も買わず、 自らのロボットよりだらしない服を着て、 ナンシーは給料を全部機械に使うようだった。 特別な部品を注文したのか、 工場のマークのついたボール箱が山のように積んである。 棚に並ぶカタログ。
  広い仕事台の上にロボットの骨組があった。 ケーブルが血管のように絡まり、 金属のパーツが光っている。 肋骨、 肩、 首の形がわかる。
  「もっと大人っぽいのを作ろうと思っているわ」 ナンシーが優しく金属をなでながら言った。 「どう思いますか、 髪の毛を黒い艶出しの鋼にするなら、 肌は鋼と銅のどれがいい?」
  「プラスチックは使わないんですか?」
  「プラスチックは安っぽいからね、 あの娘のように工場製じゃないと。 どこでお手に入れたんですか?」
  「オルガに育てられたんだ。 僕の家族です」
  「そう? わたしの家族もロボットばかりですよ。 友達は人間じゃないといけないけど、 愛するものはロボットでもいいから…  いや、 変な意味じゃなくて」
  ナンシーが笑い出すと、 ゴドーははにかんだ。 あの手の機械がこの星の名産なのだ。
  「実は昔、 ああいうのも一度だけ作ったことがあるけどね、 ぜんぜん面白くなくて、 ばらしちゃった。 パーツがまだどこかで転がっていると思っているわ。 今日はこの人の声を作るところでした。 低周波にちょっとかすれた感じを出したいけど」
  そばのコンピューターのスクリーンにオシログラムが映っていた。 ナンシーがキーを押すと流れたのは、 言葉ではなくなんとギターを爪弾く音だった。 地味で短いメロディーだが、 人声に似た音色だった。 金属の肌をしたナンシーのロボットたちが妙に人間味があるのと同じように。
  ミッチが戻ってきた。 「掃除機のシンセサイザーが使えます」
  「えらい、 よく見つけたね。 ミッチがいなくなったらきっと困るわ」
  ナンシーとミッチがオルガの修理にかかった。 ゴドーはしばらくそばで眺めたが、 やっぱり気持ち悪いからカタログを拾って読み始めた。 中に数枚のノート用紙が挟んであった。 ロボットの設計図なのか男性の似顔絵なのかわからない下手なスケッチ。 ナンシーはどうもデッサンができないようだった。
  とつぜんオペラのアリアで使われるようなトリルが響いた。 ナンシーがオルガの音声装置をチェックしているのだ。
  「これでいかがですか?」
  「素敵だ!こんな声も出るなんて知らなかった。 修理代はいくらですか?」
  「楽しかったからお金はいらない。 ただこの子の手の設計をコピーさせてもらえないかしら?もしティマに姉を作るならそういう形にしたいです」
  「どうぞ…  解体しますか」
  「ミッチはメカニックの認知装置がついているから、 もう設計がわかっています。 ね、 ミッチ、 データを映像処理のコンピューターに保存しておいて」
  ミッチは片耳の後ろからケーブルを出してコンピューターに接続した。
  「ついでに眼も替えたいと思いません? 金髪に青い眼って古典的な美人だけど、 とてもいいグレーのレンズがあるわ」
  少女ロボットが入ってきた。
  「マダム・マーサがみえました」
  「もう六時なの? ミッチ、 早くして。 上着を忘れずに」
  ナンシー、 ゴドー、 オルガとロボットたちが玄関へ出ると、 赤いドレスを着て首に長いビーズのネックレスをした婦人がいた。
  「悪いけど今日はおしゃべりできないわ。 これから市長のところへ行くの、 人形展示のことで」
  「マーサは画廊を経営しているの」 ナンシーがゴドーに教えた。 「そしてロボットを集めています」
  「ナンシーの作品は天才の産物だと思わない? プロになればいいと、 わたしはいつも言っているけど。 あら、 新しいロボット? かわいい。 いくらなの?」
  「わたしのじゃないです、 修理しただけよ」
  「ではわたしのものはこれだけね、 名前はミッチっていってたわよね」 婦人は満足そうにミッチのネクタイを直してやった。 「これも本当に素敵だわ」
  ミッチはナンシーの方に振り向いた。 二人は見つめ合って、 そしてナンシーはロボットの頬にキスした。
  「マダム・マーサの言うことを聞いて、 いい子でいなさいね」
  「私を作ってくださってありがとうございました」 ミッチはナンシーの手に接吻した。
  マーサが騒がしく別れの挨拶をして出ていった。 ミッチもお辞儀をして後を追うと、 玄関は急に広く感じられた。
  ゴドーがきいた。
  「今のは…  ミッチを譲ったんですか?」
  「売ったわ。 マーサったら、 いつも必要もないものを買ってまわるわね。 五百クローネ振込んでくれた」
  「ナンシーさんはロボットを売るために作るわけですか?」
  「そんなことはない。 人の趣味を考えて作るなんて、 退屈だしできないわ。 わたしはディレッタントなの。 自分の好みで仕上げて、 見飽きたら売ったり部品と交換したりしてます」
  「家族だとか、 愛していると言っていたのに」
  「愛してるわ。 でも惚れは二三年たったら醒めるものだから。 今は別のタイプが好きになっちゃって。 それにミッチが懐かしくなったらもっといいのを作ればいい」
  「かわいそうじゃないですか。 彼らは捨てられるのを覚悟でよくがんばっている」
  「ちょっと、 わたしはそこまで頭がおかしくないですよ」 ナンシーが腹が立っている風に言い返した。 「人間関係が怖くてロボットにすがっていることなど、 わかってます。 でも空想と現実の区別はできるつもりだわ。 たとえばロボットに愛を注いだって、 機械だということを忘れてはいない!」
  「ただの機械じゃない。 ミッチはナンシーさんの手にキスしたよ」
  「プログラムどおりよ。 わたしは作ってプログラムを入れたのだから、 わかるわよ。 あなただって、 その人形さんを人間のように愛しているわけないでしょ」
  「もしあなたが機械に育てられたら」 突然オルガが口を開いた「どう思っていらっしゃいますか?」
  ゴドーは顔が赤くなるのを感じた。
  「あの、 僕たちはそろそろ失礼します。 修理をありがとう、 大変お世話になりました」
  「どういたしまして」
  ナンシーは自らドアを閉めた。 後ろでメイドロボットがお辞儀するのが見えた。
  街は交通の雑音でいっぱいだった。 頭の上の橋をモノレール電車が通っていった。
  「オルガ、 気分はどうだい?」
  「全機能は順調です」
  「直ってよかった。 でも、 変わった人だな… 」
  しゃべる人形に囲まれた、 嘘っぱちの、 むなしくて孤独な人生。 まるで自分の気持ちをねじまわしを手にいじっているかのようだが、 心を機械のように直せるはずがない。 人形だとわかりながら愛することは、 できるだろうか。 どうして人は人で、 ロボットはロボットでいられないのか。 どうしてわけのわからない感情にはしってしまうのだろう。
  考え込むゴドーにオルガは言った。
  「ゴドー、 ありがとう。 いつもオルガのことを機械以上に思ってくれて」

 

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