執政官の年次報告のあと、 毎年のように、 メトロポリス・タワーで派手なレセプションがあった。 踊り疲れて、 レナは屋上の庭へ出た。 静かだった。 パーティのにぎやかな音がここへ届かない。 涼しい風で植木の葉っぱがさらさらいっているだけだ。 真夜中がすでに過ぎているので、下の大都会も静まり返っている。 テラスの端へ行って見ると、限りなく広がる視界に星のような灯りと電灯のような星が輝いている。 レナは首を振って長いイヤリングを鳴らした。 音楽とワインで気持ちよく酔っていた。 それに、あの事件のときから見えはじめた新しい自分が何よりも好きだった。 逃げたり悩んだりしない、愛などくだらない感情を捨てて合理的に生きる強い女になった自分。 きっと、これが本当の自由なのだ。 「ここは寒くない?」 レナの絹のスカーフを持ってロックが横に並んだ。 手すりに手をかけて、用心深そうに下を覗く。 愛も尊敬もしていないこの人と一緒に世界を支配するのだ。 「この星で一番高いビルにしては、ずいぶん低いね」 「あら、こんなにのぼってまだ気がすまないの?」 レナがからかった。 しかしロックは笑いにこたえず独り言のように続けた。 「崩れだしたとき、下にいるよりここのほうが楽だろう。 一気に落ちておしまい」 表情は読めなかった。 眼鏡に無数の灯りが映っているだけが見えた。 「気持ち悪いことを考えてるわね。 何かのメタファーでしょう。 革命でも起こると言っているの?」 レナはスカーフを肩にかけてもらいながら訊いた。 「革命は見てみたいものだが、今の話は違う。 メトロポリスはこの大陸ごと地震で崩れるかもしれない。 地球が死にかけているんだ」 明日の天気のことでも話しているかのような、平然とした口調だった。 「君のお父さんたちは危険を認めようとしないのに。 新しいエネルギー資源だの開発だの、作り話をして元老院を騙して、危機の対策をとらさせてもらっているんだ。 私は人間にできることだけするつもりだ。 ただ、一つの星をよみがえらせることはちょっと人間の手に余る作業だから、失敗の覚悟もできている」 「あの退屈な計画のこと?」 「そうだ。 崩れっちまえばいいとずっと思っていたのに。 責任を取ってしまっては、この星を救ってみせるしかない」 「あなたは地球が嫌いのね」 「嫌いだよ。 自然も人間も、何百年も前から駄目になっている。 留学して帰ってきたあの夏、まさかここに残るつもりはなかった。 ザルツの大学に戻って純粋科学にするかシステム設計の仕事を続けるか選べる余裕もあったし、 全宇宙が私のものだった」 そんなはずがない、とレナは思った。 本当に地球から出て行きたければ、とっくに出ていたにちがいない。 この人が不利な選択をすることは考えられなかった。 「宇宙生命の秘密を解こうという夢もあった。 一番惜しいかな」 「しかし権力のほうがよかったわけ?」 「いや… まあ、欲望に駆られたことは本当だ。 どうしても手に入れたいものが出来てしまったんだ。 それを追ってこんなに小さくなるとは思わなかったがね」 この突然の演説がレナを不安にさせていた。 初めてロックから後悔の言葉を聞いた。 夢など持っているはずもない、徹底的な権力人間ではなかったのか。 この人が弱音を言うなら自分は、新しい自分はどうなるのだろう。 新しい世界を早くも見失いそうな気がした。 スカーフをなびかせる夜の風が冷たく感じた。 「それでは、心を売って、ほしいものをめでたく手に入れました?」 「まだだよ。 明後日まで分からない」 「ええ? 明後日はあたしたちの結婚式の日だわ。 いったいどういう意味なの?」 レナが訊くと、ロックは眼鏡に目を隠したまま口元に苦笑いを浮かべた。 「君は残酷だね。 必ず私に言わせて笑いたいのか? さあ、いいよ、笑って。 私はあの夏からずっと… 君を好きだったのだ」 |